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QUESTIONより:なぜ黒板をひっかく音は不快なのか?音に隠された人類史のロマン


QUESTIONより

クリスマスと言えばハンドベル演奏を思い浮かべます。美しい音色とチームプレーで素敵なハーモニーが奏でられ癒されます。水の音やせせらぎなどは自然の音なのでなんとなく癒しのイメージが湧きますが、鐘は人工物なのに何故ヒーリング音楽に入っていたりするのでしょうか?


ハンドベル、いいですね。最近はハンドベルの演奏を聴く機会は減ってしまいましたが、中学時代、高校時代は学校にハンドベル部がありまして、学生時代は馴染みのある音楽でしたね。

そして、ハンドベルの音色はとても美しいです。たしかにヒーリング音楽ですね。

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心地いい音

講義の中で「音と身体」「音と環境」というテーマで話すときに、心地いい音と不快な音という話をします。

心地いい音は、質問者さんもおっしゃっている通り、水のせせらぎといった自然の音なんてまさにそうです。こういった自然の音は同じような音が繰り返されているように感じますが、実際は微妙な揺らぎを持っています。音が一定ではなく揺らいでいるからこそ、人間はそれらを気持ちよく感じることができるのです。例えば、水が「ぽたん」と落ちる音があるとします。自然な音で気持ちいいのですが、もし1秒間に1回、同じ量の水が落ちて「ぽたん」と鳴り続けるとすると、気持ちいいとは感じなくなるでしょう。水はランダムに落ちるから気持ちよく聞こえるものなのです。

これはドラムでもそうですね。鬼のように正確なツーバスを踏まれると逆に気持ち悪くなるもので、ほどよいランダム感が大事なのです。

こういった揺らぎのことを、「1/fゆらぎ」なんて言い方もします。そしてこれは音だけではなく、映像やデザインでも同じことが当てはまります。

さて、もしかして質問者さんは

自然な音=いい音

人工物=悪い音

と思っておられるかもしれませんが、実際のところそういうわけではないです。ただ、世の中自然な音には癒し成分がある、という考え方は間違ってないと思いますけどね。鐘の音にもあるような独特な響きやビブラート感が、ちょうど心地よく揺らいで気持ちいいと感じるのかもしれません。

不快な音

ちょっと脱線して、ここではあえて悪い音について考えてみましょう。実は、良い音よりも悪い音のほうが分析すると面白いものが見えてきます。

悪い音(不快な音)とイメージすると、みなさんどのようなものを思い浮かべましたか?

不快な音 その1:黒板

代表的なのはそう、黒板をひっかく音です。「ギー」というやつです。想像するだけでやばいです。

この黒板の音、周波数で分析するとだいたい2000ヘルツから4000ヘルツと言われています。人間はだいたい150ヘルツから7000ヘルツくらいの音が得意と言われているので、実はこの黒板の音は人間からしてみたら、別に高いわけでも低いわけでもなく、ちょうどいいんです。

ではなぜ不快に思うのでしょうか。諸説ありますが、有力なものは二つです。一つ目は、人間の耳の構造がこの黒板くらいの周波数をドンピシャで増幅してしまう性質があるので、実際の音量よりも極端に聞こえてしまうからという説です。これはまぁありそうですね。

もう一つは、人間がかつて、黒板くらいの周波数を出す”なにか”に恐怖していたから。その記憶がDNAに刷り込まれ、危機本能として「不快=逃げろ」と脳が命令を出しているという説です。これはなかなか興味深いです。

不快な音 その2:嘔吐

人が吐く音って、嫌ですよね。「おえー」というやつです。想像するだけで気持ち悪くなります。

いわゆる「もらいゲロ」というやつです。

周波数帯でも音量でも、この嘔吐音は決してとびぬけて極端なわけでは当然ありません。ではなぜ気持ち悪くなるのでしょうか?

これも、実は脳の刷り込みと言われています。例えば同じグループで同じご飯を食べたとして、一人が吐く、というのはどういうことでしょうか。可能性として、一緒に食べたご飯に食べてはいけない何かが含まれていた可能性もあります。そのため、もし自分には害はなかったとしても、それを出さなければ、と脳が支持を出すのです。これも危機本能で、「不快=排出しろ」と脳が命令をだしているのです。これも興味深いですね。

講義では他にも不快な音について6つか7つくらい例を挙げて一個ずつ説明してます。

音は耳で聞くのではなく、脳で聞く

先日も同じようなことブログで書きましたが、音は耳で聞くのではなく脳で聞くものです。

QUESTIONより:疑似体験が実体験を越えるとき

QUESTIONより 動物園にいるかわいい動物たちも、触れ合うとけっこう怖いものです。彩雨さんもちっちゃいとき、猿に洋服を引っ張られて泣いた記憶があります。 IT技術と疑似体験、VRもまさに擬似的な視覚を追求したもので、摩天楼オペラも2月に行われた男限定ライブをVRで映像販売しています。ではそれが実際の体験と同等かというと、もちろんそうはいいません。みなさんもそういった実感はあることでしょう。

不快というのはとても大事な感覚です。熱いから遠ざかる、痛いから手当をする、これら不快な感覚があるからこそ、人間は危機から逃れることができるのです。人間が不快と感じる音には、なんらかの危機と関係している可能性もあります。例えそれがもう現代ではない危機であっても、脳に刻まれた人類の歴史がそれを拒否しているということです。ちょっとそう考えるとロマンがあります。(もちろん、この論は間違っている可能性もあります)

また不快というのとはニュアンスが違いますが、赤ちゃんの泣き声もけっこう目立つ音しますよね。実は子を持つ親でなくとも、生物学的に人間は赤ちゃんの泣き声に気づきやすいようになっているともいわれています。周波数的には世界中の赤ちゃんが400~500ヘルツで鳴くと言われています。音楽を奏でるときの基準音A(ラの音)は440ヘルツですが、それも含めて人間がもっとも気づきやすい(分析しやすい、わずかな差を感じやすい)音であることからそれになったなんて説もあります。

心地いい音と、不快な音、音楽とは別のベクトルでも音について考えていくと、何か音楽理論とは別におもしろい音遊びができそうな気がしますね。

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