さて、6日より早速京都にて講義があります。その中で「音と環境」というテーマについて話をするのですが、この正月で気になるニュースがありました。

年越しに、108の鐘をついて煩悩をはらう「除夜の鐘つき」。情緒漂う日本の伝統的な行 – Yahoo!ニュース(R25)

情報源: 除夜の鐘 苦情があるなら「止めてもよい」15.5% (R25) – Yahoo!ニュース

除夜の鐘についてうるさいという苦情があり、鐘を打つのをやめたり、時間をずらすお寺があるそうです。また、15%を超える人が苦情があるなら除夜の鐘を「やめてもいい」とアンケートで答えたというニュースです。非常に興味深いニュースです。

除夜の鐘は”騒音”なの?

「音と環境」という講義では、騒音と非騒音についての話もします。あいまいなテーマではあるのですが、どんな音もそれを騒音だと感じれば騒音、感じなければ非騒音、という単純な話です。電車の中で爆音で音楽を聴いている本人にとっては非騒音であり、周りの人には音漏れすらも騒音、ということですね。

そもそも騒音問題というのは、音を騒音と非騒音の二つに分けてしまったことにより始まりました。不思議なもので、もしかしたら”騒音”なんて言葉がない時代は騒音問題なんてなかったのかもしれません。その証拠に、70年代のピアノ騒音殺人事件が起きてから、騒音が原因による事件が頻繁に起こるようになりました。「肩こりを認識してない人は肩がこらない」のと似ているかもしれないですね(笑)保育園の子供の声が騒音なのかどうか、もまさに同じ問題でしょう。子供の声、聞こえて当たり前じゃんと思ってる人はそれを騒音には感じないのです。

また、騒音というのは必ずしも音量だけの問題ではありません。電車の中で小声で電話しているのはなぜか気になるけど、普通の声で会話をしてるのはなぜか気になりません。音には空間、そして環境がセットで成り立っているのです。その空間、環境と音がうまくリンクしないとき、”違和感”という、これまた説明しにくい現象がおきるわけです。

さて、話を除夜の鐘に戻します。この除夜の鐘、おそらく大半の人には年越しの風情を感じるものであり、騒音とは感じないのではないかと思います。おそらくそれは長く続けてきた慣習だから、という理由もあるかもしれません。除夜の鐘という慣習のない外国で夜中に鐘を鳴らしたら、もしかしてうるさいといわれるかもしれませんね。同じように、もし「ゴーン」という鐘ではなく「ヴォーイ!!」というデスボイスだったら、同じ音量、同じタイミングでも騒音に感じる人は多いでしょう。個人的にはそっちのほうが煩悩を取り払ってくれそうな気もしますけどね。

 

 

で、本来のテーマである除夜の鐘は騒音なのか。きっと、答えがないものなんでしょうね。そうです、気持ちの問題です。

今年も楽しく生きましょう。あけましておめでとうございます。