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オウム真理教、一連の死刑執行に対してまとめ&思うこと


昨日、オウム真理教の教祖である松本智津夫死刑囚を含む多くの死刑囚の死刑が執行されました。あれだけ世間に大きなインパクトを与えた事件ということ、さらに戦後最大クラスの同日執行ということも含め、今回の死刑執行にはさまざまな意見が国内外よりあがっています。

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オウム真理教の事件

地下鉄サリン事件は1995年の3月に東京で起きたテロ事件です。通勤通学の時間、地下鉄という閉鎖的な環境を狙われ、多くの人が亡くなり、後遺症に苦しんでいる人も多くいます。

サリンという聞き慣れないワードに加え、世紀末を迎えるタイミングでのオウム真理教というカルト的な新興宗教という要素も加わり、社会にとってはものすごく大きなインパクトでした。日本はその2ヶ月ほど前に阪神・淡路大震災という災害に見舞われた直後でした。

当時はテロリズムという言葉も化学兵器という言葉も、そこまで浸透したものではありません。地下鉄で薬品を使って事件を起こした、という事実だけだとあまり大事じゃないように受け止められてしまいそうですが、地下鉄サリン事件は化学兵器を使った凶悪なテロとして世界では認識されています。ここまで大規模な化学兵器のテロは世界初だったそうです。

オウム真理教はこの地下鉄サリン事件以外にも多くの事件を起こしています。麻原彰晃が逮捕されたのはこの年の5月のことです。それこそ、テレビはオウム真理教の事件一色でした。悪いイメージがついてしまった上九一色村は市町村合併でくっつき、現在はもう市町村名としての名前は残っていません。

今回の死刑執行の要点

1995年に逮捕され、2006年に死刑が確定、2018年に死刑執行という流れです。このオウム真理教の事件はとても複雑であり、さらに他の容疑者が長い間逃亡していたこともあり、裁判もゆっくりと行われていました。

死刑が確定してかなり時間がたっていますが、なぜこのタイミングで行われたのでしょうか。翌年は改元があり、新天皇が即位される年でもあります。慣例ではこういった年には恩赦が行われます。恩赦というのは、もう捕まっている人が特別に釈放されたり、減刑になることをいいます。来年になったらじゃあ死刑囚が釈放されるのかというとそういうわけではありませんが、少なからず平成のうちに、という影響はあったのではないかと思います。また、2020年には東京オリンピックもあり死刑執行は国際情勢を鑑みて減らす可能性もあり、このタイミングで執行したと考えることができます。

一度に大勢が執行されたのも、基本的には同じ事件の犯人は同じタイミングで死刑執行するのが一般的のようです。ちなみにオウム事件の死刑囚はもっとたくさんいますけど、その全員にならなかった事情はわかりませんけどね。

さて、今回の死刑執行についてはいろいろな意見が見られます。整理してみましょう。

まずはメディアのあり方です。報道番組で死刑囚の顔写真に「執行」のシールを張っていく様子が”気持ち悪い”という点。もっとも自分はその番組を見てないのでなんともいえないですが、その報道番組の様子の画像は見ました。そういう意見がでるのもまぁわかるような気もします。といってもテレビも報道ショーですし、それこそ80年代、90年代のテレビだったらもっとえげつなくやっていたような気も。ただ、やはり異様な光景であったことは頷けます。

そして死刑そのものの是非について。海外だと死刑制度を廃止している国も多いです。実際、今回の死刑執行については否定的な海外メディアの意見も多く見られますね。死刑の是非については毎回問題になります。これもまた難しい問題です。死刑が犯罪の抑止力になるのか、ならないのかという論点もあれば、そんなの関係なくて被害者心情がどうしたこうしたもまた論点になり、死刑についての考え方はいろいろです。自分はもともと死刑賛成派ではあったんですが、多くの意見を踏まえて実際のところどうしたほうがいいのか考えているところです。

もう一つが、これで事件を終わりにしてよかったのかということです。本当にすべての真相が明らかになったのか。実は当時のオウム真理教には海外のコネクションがあるとされ、実はさらにもっと大きな存在があったのではないか、口封じで死刑執行されたんじゃないの?みたいな陰謀論も少なからずあります。こうした陰謀論も、もはやここまでくると都市伝説に近くなってきます。どこまで取り上げるかも難しいところではありますが、それだけこの一連の事件が社会に与えた不安が大きかったということを意味しているのでしょう。とはいえ、死人に口なし。執行された以上、これ以上の情報を聞き出すことは不可能になったわけです。

そもそも、どうしてこうなった

オウム真理教の幹部たちは実際にとても優秀な人が多かったと言われています。優秀なのが違う方向へ向いてしまったわけですが、みんな生まれながらにそういった破壊衝動を持っていたわけではないでしょう。そもそも幹部の人達は、オウム真理教が最初のヨガ教室のような段階で知り合っていた人たちです。日本を潰そうと思って集まった集団ではないのです。

いったい、それがどうしてこうなったのか。そこが重要です。

中川智正死刑囚は、サリン製造を実際に行った人物です。今年の頭には、死刑囚の身でありながら化学兵器について執筆した論文が学術誌に掲載されるなど、ちょっと話題にもなっていました。死刑が執行されたので、これから先はもっと多くの情報が開示されていくことになりそうです。

80年代、90年代という特殊な時代がそうさせたのか、それはもうわかりません。ただ、国内外を含め第二、第三のオウム真理教が誕生しないためにも、ただの凶悪カルト教団がテロ起こして捕まって死刑になった、ということだけで終わらせてはいけないような気がします。

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