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QUESTIONより:「新しい彼氏ができた」「何してる人?」「無職(35歳)」


QUESTIONより

彩雨さんは、この世の中に頭が悪くて社会に貢献出来ない人がいると思いますか?


なるほど。

若いときは中二病の塊でしたので、ぶっちゃけそう思ってたことがあったかもしれません。

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社会への貢献とは

この質問について考えていくと、「頭が悪い」ことが「社会貢献」の度合いに影響するか、ということです。

なにをもって社会への貢献とするかにもよりますが、「頭が良い」ことで社会へダメージを与えている例も多いような気もしています。悪知恵的な、詐欺とかね。「頭が悪い」ことが社会へダメージを与える影響度のほうがむしろ小さいこともあるのかも。

ただ、「頭が良い」「頭が悪い」という定義もなんともいえないところもあります。なにをもってそれを定義するのかということです。

究極のダメ人間が歴史を変えるような芸術作品を残すかもしれないですし、究極の優秀な人間が何万人も人を殺す凶悪なテロリストになるかもしれません。

そういう意味で、この質問にあらためて回答するのであれば、頭の良し悪しと社会貢献は連動してない、という感じですかね。社会に悪影響を及ぼす人は頭の良し悪しに関わらずやるし、逆もまた然りです。

選民思想

ちょっと脱線しますけど。

「無職強制収容所」という漫画があります。文字通り、ニートは社会的に不必要ということで、ニートとして認定されてしまうと強制収容所に送られるという話です。この漫画自体は送られた先から話が展開していきます。終わり方がちょっと中途半端なところで、どうなっちゃったんだろう。しかし、ニートを強制収容所に送る、というのはなかなかインパクトありますね。

「トリガー」という漫画もあります。これは国に認定された人の判断で悪を射殺していいという、これまたぶっ飛んだ設定の話です。ぶっ飛びながらも、これがまたなかなか面白い話でした。インパルスの板倉さんが書いた小説が原作です。

このあたりの話はもちろんフィクションではあるんですけど、不要な人とそうじゃない人、って分ける考え方がもとになっていますね。

選民思想、という考え方があります。

宗教では終末論で神に選ばれた人だけが生き残れる、みたいな感じで使われることもあります。同じように人種でもこういった考え方はあります。自分たちの民族は優れている、あの民族は劣等、とする感じです。

それが極端になっていくと、ナチスドイツみたいなことになっていくわけです。

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人は差別せず生きていくことはできないのかもしれません。選民思想って、人々をコントロールする上ではいろいろと都合のいい考え方なんですよね。

人には必ずタグがある

もう少し脱線しますけど。

人には必ずタグがつけられます。性別、人種、国籍、年齢、職業、学歴、結婚歴、犯罪歴などなど…いくらでもタグは存在します。

そして時代によってはユダヤ人というタグであることで殺されることもありました。キリスト教徒というタグであることで弾圧される時代もありました。同性愛というタグであることで公開むち打ち刑となる国は現在でもあります。

タグによって、人の見え方が変わります。社会というのは相対的に成り立っているもの。人がどう見るか、の積み重ねなのです。もちろん理想でいえば、そんなタグ付けなど関係なく、その人自体がどういう人なのか、が大切なはずです。

しかし、自分もまた人のタグ付けによって人を色眼鏡で見てしまう部類の人間の一人です。

「新しい彼氏ができた」

「何してる人?」

「無職(35歳)」

という会話があると、どこかちょっと不安になったりしませんか?自分はこの会話を聞いたら、この子大丈夫かなって不安になってしまうかもしれません。職業というタグ付けで、その人自体を判別できるわけないじゃないですか。それはわかってはいるはずなんですけど。

本来はタグ一つではその人のことは何もわからないのです。銀行勤めだって不正に巻き込まれて逮捕されてしまうかもしれません。高学歴でもニートかもしれません。

しかし繰り返しになりますが、人をタグによって認識を変えてしまうのは、多かれ少なかれ、人間である限り当たり前なのです。社会は相対的な関係で成り立っているからです。見た目で判断するな!!とかの話もありますが、見た目で判断するのがいつの時代であっても社会なのです。

仕事で使えないやつがいて、会社としてはまじでうっとうしい人がいたとしても、別の場所ではなんらかの形で社会の役に立っているかもしれません。いろんな人がいるから社会なのです。タグには、いろんな種類があります。あなたが見ている「仕事ができない」という会社で付けられたタグは、その人にとってのほんの一部でしかないのです。

人生いろいろ。

大きな心でいましょう。

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