これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです
今回は、今回のツアーで富山を訪れた際に食べた「富山ブラック」についてお話ししたいと思います。僕らはこれまで何度も富山でライブを行ってきましたが、その度に富山ブラックを食べています。今回も「せっかく富山に来たんだから食べたいね」とメンバー間で盛り上がり、帰りの新幹線に乗るまでのわずかな時間を使って、富山駅構内にあるお店(西町大喜など)で無事に富山ブラックを堪能することができました。
富山ブラックはなぜあんなにしょっぱいのか?
久しぶりに富山ブラックを食べて最初に思ったことは、やはり「しょっぱい!」ということでした。もちろん、しょっぱいことは知っていて食べるのですが、それでも一口スープをすすると驚くほどガツンと塩気が来ます。
なぜこれほどまでにしょっぱいのでしょうか。富山の人が特別に濃い味付けばかりを好むというわけではありません。実は以前、ライブハウスの店長さんからその理由を聞いて「なるほど」と深く納得したことがあります。
富山ブラックの歴史は古く、戦後間もない昭和20年代後半の復興期まで遡ります。当時の過酷な肉体労働で汗を流す労働者たちの塩分補給、そして何より**「白米(ご飯)のおかず」**として考案されたのが始まりなのです。
(※ファクトチェック補足:富山ブラックの発祥とされる「西町大喜」では、当時のお客さんが各自でお弁当やご飯を持参し、この濃い味のラーメンをおかずにしながら食べていたと言われています。)
だからこそ、あれほどまでに醤油が濃く、しょっぱい味付けになっているのです。ラーメン単体で完結するのではなく、ご飯と一緒に食べて初めて完成する味と言えます。
日本のラーメンの歴史を振り返ると、博多ラーメンのルーツも昭和初期〜戦後復興期あたりだと言われていますが、富山ブラックも同じように日本の戦後を支えた古い歴史と文化を持つ、立派なソウルフードなのです。
その土地に行って食べるからこその価値
今回のツアーは弾丸スケジュールで、金沢ではご当地グルメを楽しむ余裕がありませんでしたが、富山では前日の夜に新鮮な魚介(お刺身や白えびなど)を少しいただき、そしてこの富山ブラックも食べることができました。
もちろん、今の時代、東京に行けば日本中のあらゆる美味しいものが集まっています。「東京でも富山ブラックのお店はあるのだから、わざわざ富山で食べなくても」という意見もあるかもしれません。
しかし、そういう問題ではないのです。その土地の空気を感じながら、その土地の歴史が詰まったものを、その土地で食べる。これこそが旅の最大の醍醐味であり、僕たちがツアーで全国を回る楽しみの一つでもあります。
来週は高松と岡山に向かいます。6月から始まったこの全国ツアーもいよいよ終盤戦に差し掛かってきました。8月末には大阪、名古屋、そして30日の渋谷での大きなライブが控えていますので、ぜひ皆さんも足を運んでいただけたら嬉しいです。