新カルチャーは常に「メインストリームの斜め上」から生まれる


これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです


今日は、「文学賞におけるAIの利用」について、非常に考えさせられるニュースがありましたので、そのお話をしたいと思います。

「星新一賞」受賞4作品中、3作品がAI利用という衝撃

ニュースによると、SF作家・星新一の名を冠した文学賞「第13回 星新一賞」において、一般部門の受賞4作品のうち、なんと3作品が「制作過程でAIを活用した作品」だったそうです。
(※事実確認の補足:星新一賞は元々「理系的発想力を問う」というコンセプトがあり、他の文学賞に先駆けてAI等の利用を規定で認めている賞です。今回の第13回では、一般部門の受賞作4本中3本がAIを利用していたと発表され、大きな話題になっています。)

ついに、審査員でも「AIが書いたものか人間が書いたものか見抜けなくなってきている(あるいは遜色ないレベルになっている)」という段階にまで来ました。

現在、小説に限らずあらゆるクリエイティブの分野にAIが入ってきています。
コンテストの主催者側からすると、今後の選択肢は「AI利用をすべてOKにする」か、「人間部門とAI部門に完全に分ける」か、「AIを完全に禁止する」かのどれかになるでしょう。

しかし、以前から常々言っている通り、「AIを禁止する」あるいは「完全に分ける」というのは、現実的に不可能に近いと私は思っています。
なぜなら、テキストデータにおいて「AIが書いたか人間が書いたか」を100%見抜くことは絶対にできないからです。

プロット(あらすじ)だけAIに考えさせて人間が書いた場合はどうなるのか?
人間が書いた文章を、AIに推敲や校正だけさせた場合は?

どこからが「AI作品」で、どこからが「人間作品」なのか。そんな線引きはもう無意味な議論になってきています。最終的には自己申告に頼るしかなく、そんなコンテストは成立しません。

歴史は繰り返す。「オールOK」になっていく未来

私の予想では、長い時間をかけて、最終的にはすべてのコンテストで「AI利用はオールOK」になっていくと思います。

この流れは、音楽の世界に長くいる私からすると非常に既視感があります。

ここで気になるのは、「AIがOKになることで、星新一賞や芥川賞といった賞の権威が下がるのか?」という点です。
私は、権威は下がらないと思っています。

なぜなら、AI利用がOKになったところで、結局「才能のあるクリエイターがAIを使いこなして作った作品」が一番面白いからです。
「もしベートーヴェンやモーツァルトが今のAI音楽生成ツールを使ったら、とんでもない名曲を作るだろう」という話を以前からしていますが、そういうことです。

斜め上(非メインストリーム)からカルチャーは変わる

もう一つ、今後のAIクリエイティブの変化について私が予想していることがあります。
それは、「変化は常にメインストリーム(王道)ではない、斜め上の場所から起きる」ということです。

音楽の歴史を振り返ってみてください。
初音ミクが登場した時、当時のJ-POPの第一線にいたプロのミュージシャンたちがこぞって初音ミクを使って音楽を作ったかというと、そうではありませんでした。
初音ミクの文化を育て、今のJ-POPの礎(2010年代のボーカロイド文化に由来する音楽性)を築いたのは、メインストリームのプロたちではなく、ネット上の新しいクリエイターたちでした。

つまり、今までの古い権威やメインストリームからは、本当の意味での「新しいAIカルチャー」は生まれないということです。
文学も、音楽も、アニメも、すべて同じです。今のメインストリームではない「別軸」のところから、AIの斬新な活用事例が生まれ、それが次の時代のスタンダードになっていくはずです。

今回の星新一賞のAI作品も、おそらく文学的な才能やセンスを持った人がAIをうまく使いこなしたからこそ、受賞に至ったのだと思います。

メインストリームのプロたちが慌ててAIを本格活用し始めるのは、もう少し先のことでしょう。
この「AI黎明期」にどんな面白いものが非メインストリームから生まれてくるのか、引き続き楽しみに模索していきたいと思います。

それでは、また次回お会いしましょう。さようなら。