これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです
今、例のごとくお風呂に浸かりながら、この収録をしています。時間の節約、いわゆる「タイパ(タイムパフォーマンス)」ってやつですね(笑)。
なんて言いつつ、実は僕、この「タイパ」という言葉を、あまり意識して生きていないんです。
もちろん、全く気にしないわけではありませんが、僕の人生の優先順位としては、そこまで高くない。どちらかというと、「コスパ(コストパフォーマンス)」の方が、よっぽど重要です。
なぜなら、僕は「急がば回れ」という考え方が、結構好きなんですよね。
ショートカットしてゴールにたどり着くのもいいけれど、その過程で得られる経験や知識、回り道をしたからこそ見える景色の方が、僕にとっては価値がある。タイパを求めすぎると、そういう大事なものを見失ってしまうんじゃないか。そんな気がしているんです。
さて、今日はそんな「タイパ」の話に、真っ向から切り込むようなニュースについて、少し語らせてください。
お湯を注いで5分。日清「カップ白ご飯」が、若者にウケている理由
日清食品が発売した「カップ白ご飯」という商品が、今、話題になっているそうです。
カップラーメンのような容器に入ったお米に、お湯を注いで5分待つだけで、炊き立てのような白ご飯が食べられる、というもの。
「それ、サトウのご飯で良くない?」
なんて、野暮なことは言っちゃいけませんよね(笑)。
この記事によると、この商品がヒットしている背景には、「タイパを重視する若者の需要」があるんだとか。
確かに、普通にご飯を炊けば1時間近くかかるし、後片付けも面倒くさい。お湯を注ぐだけでいいなら、そりゃ楽チンですよね。レンジがないアウトドアやオフィスでの需要も見込める、というのも分かります。
でも、僕はこの「タイパを重視する若者」という言葉に、少しだけ“違和感”を覚えてしまうんです。
それって「タイパ」じゃなくて、ただの「めんどくさい」じゃない?
僕自身、若い世代の方々と日常的に触れ合う機会が少ないので、これはあくまで僕の個人的な感覚なんですが…。
世の中のニュースでは、まるでZ世代の全員が「タイパ!タイパ!」と叫んでいるかのように語られますが、本当にそうなのでしょうか?
彼らが「タイパ」を重視して、ご飯を炊く時間を削ったとして。その「浮いた時間」を、何か別の、価値あることに使っているのかというと、必ずしもそうではないような気がするんです。
これって、「タイパ」を求めているというより、もっとシンプルに、ただ「めんどくさい」だけなんじゃないか。
もちろん、結果としては同じ「時短」に繋がるのかもしれません。でも、「時間を効率的に使って、別のことをしたい」という前向きな「タイパ」と、「とにかく手間をかけたくない」という、後ろ向きな「めんどくさい」。この二つは、似ているようで、根本的に違うと思うんです。
時代は変わっても、人間の本質は変わらない
結局のところ、これは世代論なんかではなく、もっと普遍的な、人間の「楽をしたい」という欲求の話なんじゃないでしょうか。
その欲求に対して、日清のような企業が、テクノロジーの力で「便利な」商品を開発してくれた。ただ、それだけのこと。
その「便利さ」という昔ながらの価値に、今、「タイパ」という、2026年っぽい、キャッチーな名前がついただけ。
そんな風に考えると、なんだかスッキリしませんか?
この「タイパ」という言葉、もう少し僕自身の切り口で、色々と考えてみたら、もっと面白い発見があるかもしれない。
そんなことを、この「カップ白ご飯」のニュースを見て、ふと思ったのでした。