「AIに著作権」を認めるのが危険な理由とこれからの著作権の考え方


これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです

今日は、音楽を作る人間として、そしてAIに関心を持つ人間として、とても興味深いニュースがありましたのでお話ししたいと思います。

JASRACが「AI生成音楽の著作権は認めない」と明言

ニュースの内容は、「JASRAC(日本音楽著作権協会)が、AIを使って生成された音楽(メロディーなど)については著作権を認めない」という方針を明らかにしたというものです。
ただし、よく読むと「AIが作った曲に、人間が後から自分で考えた『歌詞』をつけた場合、その『歌詞の部分だけ』は人間の創作物として著作権が保護される」とのことでした。

これ、考えてみれば「当たり前じゃん!」という話なのですが、最近は生成AIで手軽にガンガン曲を作って音楽配信サービス(SpotifyやApple Musicなど)に登録する人が増えているため、JASRAC側がトラブルを防ぐために「先に釘を刺しておいた」という形なのでしょう。

AIが作ったものに著作権があるのかどうか、というのは、クリエイティブ業界でずっと議論されてきたテーマです。
海外では「AIが生成したイラストに著作権は認められるか」で何度も裁判になっています。結果として、「AIに簡単な指示を出しただけ」では認められないのが一般的ですが、「人間がどれだけプロンプトを工夫し、加筆修正し、創作に至るまでの苦労(人間の創作的意図)がにじみ出ているか」によっては、部分的に著作権が認められるケースもゼロではありません。

線引きが非常に難しいところですが、私は「AIが作ったものに著作権を認めるべきではない」という意見に大賛成です。

「AIに著作権」を認めるのが危険な理由

なぜ私が「AIの著作権」に反対なのか。その理由は明白です。
もしAI生成物に著作権を認めてしまうと、「音楽(やアート)の未来が終わってしまうから」です。

極端な話をしましょう。
私が今からAIを使って、適当なメロディーの曲を「100億曲」自動生成したとします。そして、その100億曲すべてに「私がAIで作りました!」と著作権を主張したとします。(本来、著作権はどこかに申請しなくても、作品を公表した時点で自動的に発生する権利です)

もしこれが認められてしまったら、どうなるでしょうか。
今後、世の中の才能あるミュージシャンたちが新しい音楽を生み出した時、その中のどこかのメロディーが、私がAIで大量生成した「100億曲のどれか」に偶然似てしまう確率が非常に高くなります。
そうなれば、私は「あ!お前のその新曲、俺が先にAIで作った100億曲の中の1曲とメロディーが一緒じゃん!著作権侵害だ!」と裁判を起こして、使用料をふんだくることができてしまうのです。

イラストでも同じです。「100億枚のイラスト」を先にAIで作って権利を主張しておけば、後から人間が描いた絵に「俺のAIイラストに似ている!」といちゃもんをつけることができます。

こんな「早い者勝ちの地雷原」みたいな状態になってしまえば、人間が新しくものを創り出すことなんて成り立たなくなってしまいますよね。
だからこそ、「AIで作ったものは誰の独占物でもない(パブリックドメインに近い扱い)」にするのが正解だと思いますし、JASRACの今回の判断は当然のことなのです。

「著作権」という考え方自体が古い?

ここからは少し踏み込んだ話をします。「お前、ふざけたことを言うな!」と怒られるかもしれませんが…。

私自身、長年クリエイターとして音楽を作って生きてきましたが、実は「著作権」という概念そのものがあまり好きではありません。

もちろん、自分が苦労して作った作品の権利が守られるのは大切なことです。
しかし、著作権というのは「これは自分のもの!あれは誰々のもの!」と、作品を一つ一つバラバラにして、鍵のかかったショーケースに閉じ込めるようなイメージがあります。

アートや音楽というのは、本来「過去の様々な作品から影響を受け、それを自分なりに再構築して、また次の世代へバトンを渡していく」という、人類全体の資産としてぐるぐると回していくべきものだと思うのです。

「著作権」という考え方は、資本主義社会が発展する過程において、作品を「商品」として扱い、利益を独占して経済を回すために非常に都合が良かったからこそ定着したルールです。
しかし、アートの本来の性質(人類共通の文化資産)と、資本主義的な「独占」の概念は、本質的にはそぐわない部分があるのではないでしょうか。

AIがこれだけ普及し、誰でも一瞬で「それっぽいもの」を作れるようになった今、「誰が作ったから誰のもの」という古い著作権の考え方自体が、根本から揺らいでいます。

もちろん、今日明日すぐに法律や制度が変わるわけではありません。おそらく100年単位の時間がかかる歴史的な変化でしょう。
それでも、このAIの波をきっかけに、人類が「創作物」や「権利」に対する考え方をもっとオープンで共有的なものへとアップデートしていくのではないかと、私は密かに期待しています。

まとめ:見抜けないAIと人間の未来

JASRACが「AI音楽はダメだ」と言ったところで、実際のところ「これは人間が作ったのか、AIが作ったのか」を証明するのは不可能です。

AIに作らせたメロディーを、人間が自分の手で楽器で弾き直し、自分の声で歌ってしまえば、もう誰にも「AIが作った」とは見抜けません。結局は「自己申告」に頼るしかないのが現実です。
(そもそも、JASRACは登録された曲が本当に本人が作ったものかどうかなんていちいちチェックしていません。だからゴーストライター問題なども起きるわけです。私自身、別名義で世に出ている曲がいくつかありますが、誰も気づいていませんからね笑)

今日は、JASRACのニュースから「AIと著作権の未来」、そしてアートの本質について少し深くお話しさせていただきました。