結論ありき?今、コロナで問われる報道姿勢への疑問


自分自身も報道から多くの情報を得ますが、その報道が必ずしも公平な報道なのかというと、それについてはもちろんすべてを信じているわけでもありません。

コロナに関しては結論ありきの報道姿勢を感じることが多く、報道だけではなくそれにまつわるネットの意見なども踏まえ幅広く解釈したいとは思いながらも、それでも自分自身もフィルターを通して情報収集していることには変わりありません。

吉祥寺の自粛無視問題

先月あった報道で、吉祥寺は多くの人があふれているというものがありました。

これについて、すぐにネットでは望遠レンズを使った効果によりそう見える写真を使っているのでは、という指摘がありました。

吉祥寺の自粛無視写真は「望遠レンズの圧縮効果」過剰演出に指摘 – ライブドアニュース

吉祥寺なんて実際に行って自分の目で確かめたほうがこの報道が正しいのかどうかはわかるのですが、今はこういうご時世ということで、それで本当に吉祥寺に行ってしまったらなんの意味もありません。

自分自身も最初は吉祥寺は人がいっぱいいるんだなー、なんて思ってしまいましたが、すっかり騙されてしまっています。

こういった写真のフェイクは他にもいくつかありまして、有楽町では相変わらず多くの人が出勤している、というニュースもまた、有楽町ではない写真を載せるという印象操作を行っていました。この件については、以前もブログで取り上げましたね。

結論ありきのインタビュー

先日、報道番組の取材に答えた医師の方が、SNSを通じて自分の意見が曲げられて編集されたという発表を行っていました。

どうしても政府の主張に反する報道姿勢が見え隠れするところで、その件についてはPCR検査についての話でした。初めから、検査を増やすべきという結論ありきでインタビューをしているということです。

街に出かける若者にインタビューを取るのも同じようなものを感じます。

この件についてはコロナ以前にもブログで触れていますが、例えば1000人にインタビューを取って、マスコミが想定する結論の答えをしてくれる人が一人しかいなくても、その一人の映像だけを流せば、世の中の人はみんながそう思っているという印象操作を行うことができます。

ニュース番組でよくある街の人へのインタビューほど信用できないものはありません。信用されたいのであれば、インタビューの様子をネットか何かですべて生中継するとかして、その公平さを示してほしいところではありますが、それこそプライバシーや、まぁちょっとずれますけど取材源の秘匿というのもあるので、なんでもかんでも取材について公表するわけにもいきませんよね。

報道というのは報道機関と一般市民との信頼関係で成り立っているもので、昔から疑問に思うところはありましたが、今回のコロナの件では再び疑問に思うところが多かった印象がありました。

とはいえ、判別は難しい

とはいいながらも、こういった真偽の判別というのはなかなか難しいものです。

自分自身も毎日のように多くのフェイクに引っかかています。

今はコロナに関する情報の場合は、そういった注意事項が表示される機能のものって多いですが、意外にもいまだに口コミレベルでも「あそこの店はコロナだ」というようなフェイク情報が広まるといいます。しかも、勘違いではなくその店を陥れるためにやるという悪質なものまであるそうです。

こういったフェイクに関することはコロナ以前より問題でしたが、最終的には強い意志をもってやっていくしかないのかもしれません。