近畿大学が「入試でAIの使用を認める」という発表をして、ニュースで話題になっていましたね。
見出しだけを見ると「テスト本番でAIを使っていいの!?」と驚いてしまいますが、内容をよく見てみると、情報学部の総合型選抜(推薦入試のようなもの)における自己PR動画やプレゼン資料の作成でのAI活用を認めるというものでした。
今回はこのニュースを題材に、教育現場におけるAIとの向き合い方について、僕の考えをお話ししたいと思います。
AI利用の許可は時代の必然:
今回の近畿大学の発表について、僕は「そりゃそうだろうな」と非常に納得しました。というのも、現代の社会においてプレゼン資料を作成する際にAIを活用するのは、もはやビジネスの現場でも当たり前になりつつあるからです。
むしろ会社側が「もっとAIを使って効率化しよう」と推奨している時代に、大学の、それも情報学部の入試で「AIを使ってはいけない」と禁止する方が不自然です。
それに、AIを使って文章や資料を作ったかどうかを100%正確に見抜くことは、現在の技術では非常に困難です。手書きとワープロの違いなら一目で分かりますが、AIが生成したテキストは巧妙で判断がつきません。
見抜けないものに対して「使用禁止」のルールを設けてしまうと、バレないようにこっそり使った人が得をして、バカ正直にルールを守った人が損をするという、非常に不公平な状況を生み出してしまいます。そういう意味でも、最初から使用を公認するのはとても理にかなった判断だと思います。
教育現場に求められる柔軟な変化:
実は僕自身も、京都の大学で授業を持っているのですが、以前から学生には「AIの使用はOK」と伝えています。
幼稚園から大学院まで、すべての教育現場において、先生側がAIという新しいツールに対して柔軟に考え方を変えていく時期に来ています。昔の常識のまま「ズルだからダメ」と思考停止するのではなく、むしろ「AIをうまく使いこなせる能力」を評価する方向にシフトすべきです。
例えば、AIが資料作成を手伝ってくれるのが前提の世の中になるなら、面接官の質問の仕方もこれまでと同じではいけません。AIが作った綺麗な言葉の裏にある、その生徒自身の本当の思考や人間性を引き出すような、新しいアプローチが求められます。
AIの普及によって、教育のあり方や評価の基準がどこまでアップデートされていくのか。今回の近畿大学の動きは、日本の教育現場全体に変化を促す良いきっかけになるのではないでしょうか。