え、ゴミ収集車の音も騒音?これからの騒音問題は過激化する理由


先月のニュースですが、こんなものがありました。

ゴミ収集車など、大きな車は「バックします」「右に曲がります」などの音声が車から大きな音でなりますよね。一般の自動車ではない機能です。

「バックします、ご注意ください」は騒音なのか はたらくクルマの音声、あまり聞かなくなった? | 乗りものニュース

最近は、こういった音がうるさいという苦情もきているらしいです。たしかに、けっこう大きな音が鳴りますからね。近くに住んでいる人は、毎日同じ時間にその音を聞かされるわけで、「うるせえよ!!」ってなる気持ちもわかります。

とはいえ、目が不自由な人もいますし、歩きスマホで前を見てない人もいますし、こういった音での注意喚起そのものを否定してほしくはないなとも思っています。

社会というのはいろいろな人が混ざり合って生活しているわけですから、誰かに合わせるというのは難しいことですね。

騒音問題は過激化する

騒音問題は、授業でもしっかりとテーマ化し取り扱っています。

人間というのは、生きている限りは必ず音がするものです。いびきやくしゃみなど、人間から発する音もあります。足音のように、なにかすれば音が出てしまうわけです。音を出さずに生きることはできません。

これは社会で考えてもそうです。ゴミ収集車にしても、ゴミを回収するために自動車を使うわけで、車の音もなりますよね。社会が社会として機能するためには、音をゼロにすることはできません。

音は、それこそ人間が誕生する前から存在していたわけです。ただ、それを騒音問題としてここまで大きく問題化するようになったのは、人間の歴史で考えると比較的最近のことです。

社会が熟成化されると、きっといろいろ敏感になっていくんでしょうかね。

自宅で大きな音を出せるように防音室をいれるというぜいたくな使い方をするようですが、例えばノイズキャンセリング機能のイヤホンだったりと、外部の音をシャットアウトするような製品に関心が高まるのも、良くも悪くも音に敏感になっている一例といえるでしょう。

このゴミ収集車の件もそうですが、今までこんなの誰も気にしてなかったのに、というところも騒音問題に組み込まれていく流れになることが予想されます。騒音問題が過激化するというのは、昔よりも音がうるさくなるのではなく、昔よりも騒音とされる音が増える、という意味です。むしろ最近は昔より静かなようにも思えますからね。

前は除夜の鐘が騒音なのか、ということがありました。

もし除夜の鐘がデスボイスだったら

今は高校野球のシーズンですが、そのうち金属バットの”カキーン”って音も騒音問題だ!やめさせろ!なんて時代になるかもしれません。嫌な時代ですね。

社会が成熟すれば、どうしてもギスギスしてくるものです。社会のシステム、テクノロジーの進化だけではなく、人間の精神性が進化しなければ、本当の意味ので社会の成熟はなされないのかもしれません。