QUESTIONより:生まれてこないほうが幸せだったんじゃないか…生きる意味、目的とはなんでしょう?


QUESTIONより

人生とは何でしょうか。私は何をしても楽しめず人生は辛いと退屈を行ったり来たりするだけで生まれて来ない事が幸せだったのではないかと思っています。彩雨さんの人生観を教えてください。


人生は辛いと退屈をいったりきたりというのは、質問者さんはなかなかの境地へ達していますね。

「人生楽ありゃ苦もあるさ」とありますが、辛いと退屈しかないのであれば、いったいどう生きたらいいのか。

なんのためにあるのか

例えばその辺に生えている植物は、ただ根を伸ばしそこに存在していることしかできません。移動したりもできません。

なんのために生まれて(生えて)きたのか、もしかしたらそんなこと思ってるかもしれませんね。

同じように例えば家畜だって、生まれていつか食べられてしまうわけで、食われるために生まれてきたのか…と思ってるかもしれません。

この話をして、映画「私は貝になりたい」の最後のシーンを思い出しました。ネタバレになるので言わないですが、なぜこの映画がこのタイトルだったのか、映画の最後にわかります。

生きている意味はない

唯我独尊といって、それぞれが人生の目標があるとお釈迦さまも言っています。

では生きている意味とはなんでしょうか?

バンドをやってる人なら大きなステージで!とか、お医者さんならたくさんの命を救いたい!とか、そういうこともあるかもしれません。

でもそれって一部の人の話で、あまり具体的なように見えて具体的ではありません。

子供がいる人なら子供のために!となるでしょうし、そのあたりはそれぞれです。

ですが、人生は辛いと退屈をいったりきたりとまで言う質問者さんには、生きている意味についていろいろと見失っているところが多いのかもしれません。

しかしそれは見失うというか、実はそもそもこの世界にはなにもないんです。

宇宙があり、地球があり、空気、大地、海があり、多くの動植物がただ存在し、時代がただ巡っていくだけ、それがこの世界です。そこには楽しいも辛いもありません。

生きている意味もありません。

ただ、その何もないところに、楽しい、美しいとかを感じることができるのが人間です。人間は何もないところに何かを見出すことができます。

生きる目的

何もないところに何かを見出すことができるのは、人間だけかもしれません。

でも別に見出さなきゃいけないわけでもなく、貝のように(貝だってなにかを考えてるのかもしれないけど、先ほどの映画の流れで)ただ海底でひっそりと静かに暮らすのもいいと思います。

ただ実際問題、なにも考えずに生きるのはけっこう難しいことで、どうしても何かを見出してしまいがちです。

それが具体的には楽しさであったり、逆に辛さであったりします。質問者さんはこの段階で、辛さのほうに針が触れてしまいがちなのでしょう。

アリストテレスは「幸福こそは、われわれのあらゆる行いの目的」と言っていますね。

どうせ何かを見出してしまうのであれば、そこから”幸せ”を絞り出したいものです。

ではそもそも幸せってなんでしょう?続きは次回に!!