QUESTIONより:コロナ禍で音楽やライブへの関心がなくなった


QUESTIONより

コロナ禍の中で興味の対象が変わるのは自然なことですか?大好きだった音楽やライブへの関心が少しずつなくなって、他のものに時間やお金を費やすようになりました。 こんなことをアーティストさんに質問するのは失礼なことは承知しております。


コロナによる生活の変化は、急激に変わったところもあれば、少しずつ時間をかけて変化していくものもあります。

その中で、興味の対象が変わることは自然なことです。

密を楽しむ場は変わらざるを得ない

今でこそ密は悪ですが、実は密は場としての価値は高い傾向があります。

例えば花火大会とか、あんなに人がたくさんいて、それを嫌という人もいます。

花火だけを見るなら、だれもいないところで少人数で見るほうがいい、という人もいることでしょう。

しかし、周りにたくさん人がいて、あのギュウギュウで大変な思いをするということも、花火大会という体験を生み出す要素となっています。

こういったものは多くあり、音楽のコンサート然り、スポーツ観戦も然りです。

花火大会を花火を見せること、音楽のコンサートを音楽を聞かせること、スポーツ観戦をスポーツの試合を見せること、というところに価値を見出すのであれば、配信などですべて代用することができます。

実際にはそれらの行為を通じて体験を生み出すこと、この一連の流れに価値があります。

そういった意味では、コロナによってこれらの業界は、そうとう不利な条件で戦わなければならないということです。

たびたび言っていますが、変化には変化で対応するしかありません。

変化できないところから消えていきます。

考え方も変わらなきゃいけないし、ビジネスモデルも変えなくてはいけません。

そういったところ、過去の音楽業界の考え方やビジネスモデルは、コロナ後の世界では通用しないものと考えています。そのため、多くの企業やアーティストは柔軟な転換を余儀なくされています。

その時にはその時の役目がある

ここでQUESTIONに戻ります。

変化はアーティスト側だけではなく、お客さん側にも求められます。

その中で、質問者さんのほかにも音楽から離れている方が多くいることを自分自身もよく感じています。

それは、この変化が求められる時代で変化した結果です。

今は音楽を作ることはできるけど、以前と同じライブ空間を作ることはできません。配信だろうと、お客さんを少人数いれようと、それが以前と同じかといえば違います。

その中でできることを探しながらやっていくしかないわけですが、以前には以前の、今には今の、未来には未来の役目というものがあります。

以前は役目をはたせていても、今は役目を果たせていないかもしれません。

その時にはその時の役目があるということです。もちろんみなさんの役目を果たせるように精いっぱい考え、行動していたこの数か月でしたが、お互いに変化しなければならないこの状況で、役目を果たせなくなるというのは、残念ですが自然なことです。

この変化の積み重ねの中で、今は果たせずとも、巡り巡って未来の役目を果たせることができるかもしれません。

その時にはその時の役目があるということです。未来の役目を果たすためにも、今はこの中でもやり続けなければならないと強く感じています。