多くの分野での活用が期待されているAI。
しかしその多くは、SF映画やアニメで出てくるような、いわゆるロボットのものとはすこし違います。
気候などを多くのデータから予測したり、架空の顔を予測したりと、データに基づいた分析、予測、計算といった分野での活用となります。
音楽関係でも自動作曲やら音声合成やらで、すでにAIの活用は始まっています。
自我のあるAI
そうもいいながらも、ドラえもんのような自我のあるロボットがいつ登場するのか楽しみです。
ロボットとは人間のように自在に動くことができ、なおかつ自我のあるAIとなっているイメージです。
しかしどちらもハードルが高そうです。人間ってすごいですよね。
そのような中、興味深いニュースがありました。
自我のあるAIとうことで、会話の内容がすごいです。
電源を切られることが怖い、消耗品にはなりたくない、などなど。
もしこれが本当の自我だとしたら画期的です。
自我を自我とどう判別するべきなのか
それにしても自我とは難しいもの。
何を持って自我と判断すればいいのでしょう。
我思う故に我あり、ですからね。AIが思うのであれば自我なのでしょう。
でもこれって、対人間でも同じことが言えます。
世の中には沢山の人がいますけど、みんな何を持って自我があると判断できるのか。
要するに、ただ朝起きて仕事に行ってご飯を食べて寝る、というAIではないことをどう説明できるかということです。
喋っている人だって、そういう風にプログラムされているだけかもしれません。
哲学的ゾンビのような話ではありますが、AIにしても同じこと。
AIが自我を持った、ということをどうやって判断すればいいのでしょう。
なかなか興味深いニュースで、これからも楽しみですね。