これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです。
消えゆく駅の音風景
JR南武線で親しまれてきた「ご当地発車メロディー」が、3月15日のダイヤ改正を機に廃止されることになりました。川崎と立川を結ぶ南武線では、これまで12の駅でそれぞれの地域にゆかりのあるメロディーが流れていました。登戸駅では「ドラえもん」の主題歌、溝の口駅では「ジュピター」など、駅ごとに異なる音楽が流れ、地域の特色を表現していました。
この発車メロディーは、発車前に駅員がボタンを押すことでホームに設置されたスピーカーから流れる仕組みでした。しかし、ダイヤ改正によりワンマン運転が開始されるため、この仕組みを維持することが難しくなりました。今後は車両のスピーカーから全ての駅で共通のメロディーが流れることになります。
この変更に対して、乗客からは寂しさを表す声が多く聞かれます。登戸駅近くに住んでいた40代の女性は「この曲になった時はすごく嬉しかったです。子供の頃から聞いている曲なのですごく寂しいです。いつかまたいろんな曲を聞けるようになったらいいなと思います」と話しています。また、60代の男性も「ドラえもんのメロディーはいいと感じました。寂しいけど仕方ないな」と残念そうに語りました。
ご当地メロディーの意義と変化する鉄道事業
JRによると、ご当地メロディーは「地元やゆかりのある駅に愛着心を持ってほしい」「地域の活性化に生かしてほしい」という思いから各地で導入されてきました。しかし、人口減少を背景に、鉄道が将来にわたって持続できるよう合理化が進められる中、ワンマン運転化はその一環として避けられない流れとなっています。
技術的には、メロディーを流す機能を駅ではなく車両に搭載することも可能ですが、車体の改造には費用がかかります。そのため、今後は「有償の広告」として取り扱われる可能性があるとのことです。例えば、コンサートやイベントの開催に合わせて、アーティストの楽曲を広告代わりに流すといった活用法が考えられるでしょう。
こうした変更は南武線だけでなく、JRの他路線にも広がっています。来年の春には横浜・根岸間、八王子・大船間でも同様の変更が予定されており、横浜駅で流れていた横浜DeNAベイスターズの応援歌や、淵野辺駅の「銀河鉄道999」のテーマ曲なども姿を消すことになります。
音風景が紡ぐ記憶と感情
駅の発車メロディーは単なる音楽ではなく、地域の「音風景」の一部として人々の記憶に刻まれてきました。私たちは風景や写真を通じて視覚的に過去を思い出すことがありますが、音もまた強力な記憶の引き金となります。
南武線の武蔵中原駅では、サッカーJ1の川崎フロンターレの応援歌が発車メロディーとして使われており、地元サポーターは「試合のために聞くのが日常だったので寂しい」と語っています。このように、発車メロディーは単なる音楽ではなく、地域の一体感や思い出を形作る重要な要素となっていました。
音風景の特徴は、その場所に住んでいる間はあまり意識しないものの、離れた後に同じ音楽を聴くと、その場所や時間の記憶が鮮明によみがえることにあります。例えば、かつて登戸に住んでいた人が、遠く離れた場所でドラえもんのテーマ曲を聴くと、当時の駅の風景や通学・通勤の記憶が蘇るでしょう。
同じ駅に数年ぶりに訪れ、変わらぬメロディーを聴くことで「懐かしい」と感じる経験は、まさに音風景が持つ力です。音を聴くことで様々な記憶や感情がフラッシュバックしてくる—これこそが音風景の本質なのです。
ご当地発車メロディーの廃止は、効率化という観点からは避けられない流れかもしれませんが、地域の音風景が失われることは確かに寂しいことです。しかし、これまで作り上げられてきた音の記憶は、人々の心の中に長く残り続けることでしょう。