AIは、現代の「牧師」になれるのか?


これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです


聖書の教えを学習させた対話型AI、その名も「キリスト教AI」を、京都大学の教授が開発したというんです。日常生活の悩みに対して、キリスト教の教えに基づいて回答してくれるんだとか。

以前、仏教の経典を学ばせた「ブッダAI」が話題になりましたが、そのキリスト教版というわけですね。残念ながら、今のところ一般公開の予定はないそうですが、僕はこのニュースを聞いて「めちゃくちゃニーズあるんじゃないか?」って思ったんです。

なぜ僕らはAIに悩みを打ち明けるのか

最近、「多くの現代人がChatGPTに悩みを相談している」なんて話、よく聞きますよね。
僕自身はあまりやらないんですが、この現象、すごく興味深いなと思っていて。

ふと、キリスト教の「牧師」さんのことを思い出したんです。
僕、クリスチャンではないんですが、中高がプロテスタント系の学校で、礼拝の授業とかがあったんですよ。牧師さんの仕事って、ミサで聖書の話をしたり、結婚式で誓いの言葉を述べたりするだけじゃない。信者の悩みを聞いて、聖書の言葉を引用しながらアドバイスをしたり、迷える人々を導いたりする、カウンセラーのような役割も、すごく大きいんじゃないかなって思うんです。

これって、仏教のお坊さんも同じかもしれませんよね。

そして、現代の僕らが、その「牧師」や「お坊さん」のような役割を、無意識にAIに求めているんじゃないか。そんな気がしてならないんです。

近所に住んでいる本物の牧師さんに、自分のドロドロした悩みを打ち明けるのって、やっぱり気が引けるじゃないですか。身バレも怖いし。でも、相手がAIなら、どんなに恥ずかしい悩みでも、誰にも言えない本音でも、全部さらけ出すことができる。

AIに悩みを相談する現代人。それはつまり、心の中に「誰にも言えない悩みを聞いてほしい」という、普遍的な欲求を抱えているということ。その受け皿として、今、ChatGPTが機能しているのかもしれません。

「牧師AI」にこそ、本当の価値がある

だとしたら、ですよ。
ただの汎用AIであるChatGPTに相談するよりも、キリスト教の思想や聖書の知識をガチで学習した「キリスト教AI」に相談する方が、クリスチャンの人にとっては、よっぽど心に響くアドバイスがもらえるんじゃないでしょうか。

「聖書のこの部分には、こう書かれていますよ」
「その悩みは、イエスのこの言葉に繋がるかもしれませんね」

そんな風に、自分の信仰の文脈に沿った具体的な言葉をもらえたら、心が軽くなったり、新しい視点が得られたりする可能性は、大いにあるはずです。

だから僕は、今回の「キリスト教AI」が一般公開されないのは、すごくもったいないなと思いました。
むしろ、「牧師AI」として、無料で公開したら、ものすごい数の“迷える子羊”たちを救うことになるかもしれない。
偉大な誰かの知恵や言葉に触れたい、悩める自分を導いてほしい、という欲求は、きっと誰しもが持っているもの。その受け皿として、専門的な知識で正しくチューニングされた「悩み相談特化型AI」は、これからもっともっと重要になっていくんじゃないかな。

そんなことを、このニュースを見て、ふと思ったのでした。