これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです
さて、今日の話題ですが、「スポーツイベントの放送権と、それを誰もが見られる権利」について、少し考えさせられるニュースがありました。
WBCのネット独占配信と「ユニバーサルアクセス権」
少し前の話になりますが、日本代表の試合などで大盛り上がりした野球の大会(今回の文脈ではWBCや、それに類するスポーツの国際大会を指しています)において、「一部の試合や特定の大会が、地上波の民放テレビではなく、NetflixやAmazonプライムビデオなどの有料ネット配信で独占放送された」という出来事がありました。
(※事実確認の補足ですが、2023年のWBC本戦は地上波で放送されましたが、強化試合やその後の日本代表戦、また他のスポーツの国際大会などで、ネットの有料独占配信が増えている現状があります。)
これに対して、文科省(あるいはスポーツ庁の長官など)が、「できれば多くの人が見られるように配慮してほしい」といった趣旨のコメントを出したそうです。
確かに、スポーツの国際大会で日本代表が活躍しているなら、「お金を払って特定の配信サービスに加入しないと見られない」のではなく、「民放のテレビで、誰でも無料で見られるようにしてほしい」と思うのは自然な感情です。
しかし、スポーツもビジネスの世界です。
資本主義の原理原則で考えれば、配信会社が高いお金を払って独占放映権を買ったのですから、そこでしか見られないのは当然だ、という意見もごもっともです。
では、「国を挙げて応援するようなスポーツイベントは、どうあるべきか?」という話になります。
実は、イギリスなどのヨーロッパには「ユニバーサルアクセス権」という考え方があります。
イギリスにおいてサッカーは国技であり、国民にとって重要な文化です。そのため、「国民の誰もが(お金を払わずに)重要なスポーツの試合にアクセスできる権利」を保障し、法律や制度で無料放送を義務付けているのです。
日本で「スポーツの無料放送」を国が保障できるか?
では、これを日本に当てはめてみましょう。
「野球は日本の国技(的な存在)だから、みんなが見るべきだ!だから政府が何千億円という税金を投じて、民放やNHKが放映権を買えるように補助しよう!」
もし日本政府がこんなことをしたら、どうなるでしょうか。
間違いなく「税金の無駄遣いだ!」「他に税金を使うべきところがあるだろう!」と大バッシングが起きるはずです。
※補足ですが、海外ではもっとレベルが上で、税金を使っているわけではなく、義務付けしています!そのお金はどうしてるんでしょうね。
日本では、イギリスのサッカーほど、「国民全員が絶対に見るべきだ」と満場一致で国費を投入できるスポーツの大会は、まだ無いように感じます。それは野球に限らず、サッカーやバスケでも同じでしょう。
つまり、日本において「ユニバーサルアクセス権」のような仕組みを導入するのは、まだ時期尚早だということです。
「インフラ」としての文化・スポーツをどう考えるか
生きるために絶対に必要な「インフラ(電気・ガス・水道・通信)」について考えてみましょう。
例えば、携帯電話の料金が未払いでも、110番や119番といった緊急通報には繋がります。これは命に関わるからです。
また、ライフラインの支払いが滞った時、電気やガスが止まっても、水(水道)は生きるために一番最後まで止められない仕組みになっています。
では、スポーツや文化・芸能は、この「命に関わるインフラ(水など)」と同じレベルでしょうか?
もちろん、それがないと明日死んでしまう、というものではありません。
しかし、ヨーロッパのユニバーサルアクセス権のように、「人間が人間らしく社会を形成し、豊かな文化を共有するための重要なインフラとして、誰もがアクセスできるようにすべきだ」という考え方は、非常に理にかなっているし、素晴らしいと思います。極めてヨーロッパらしい、成熟した考え方ですよね。
今の日本では、この考え方をそのまま実現するのは難しいでしょう。
だからこそ、今回の一連の動きに対する「(できれば民放でやれるように)配慮してほしい」という文科省のコメントは、ある意味で絶妙だったと思います。
「資本主義だから有料独占で当たり前だ」とも言い切れず、「国が税金を出して無料放送にする」とも言えない。その中で、ギリギリのバランスをとった発言だったのではないでしょうか。
今後も、スポーツに限らず「文化やエンターテインメントに、誰もがアクセスできる権利(ユニバーサルアクセス権)」をどう考えていくべきか。
WBCのような大きな熱狂を生む大会があるたびに、皆さんもぜひ一度考えてみていただけたらなと思います。
今日はそんな、文化とスポーツのインフラについてのお話でした。
それでは、また次回お聴きください。さようなら。