運動会のピラミッド、実は自分が通っていた中学、高校ではピラミッドありましたよ。
でもあれは何段だったのかなぁ。7段くらいはあったような。
このピラミッドについては、多くの意見が見られます。
なぜ続く、運動会の巨大組み体操 大阪で「助けて」の声拡散(産経新聞) – Yahoo!ニュース
まぁ難しいところですね。
巨大組体操のピラミッド
やったことない人にはわからないと思いますが、実は一番下が一番つらいように思えるかもしれないですが、見た目ほど下の人は重くないです。
やっぱり上のほうの人のほうが大変だと思います。バランス感覚が。
一番上は、体重が軽くて運動神経がある人でなければ務まりませんね。
とはいえ、危険性があることについては、実際にやっていた側としてもよく理解しています。
こういうのも、いったい何のためにあるのかという議論になりがちです。
まぁそれも極論なんですよね。
何のためにあるのかという存在意義を問う話になると、何のために運動会があるのか、学校があるのか、社会が存在するのか、そもそも何のためにあなたは生きているのかという話になっていきます。
何度も練習して、さらに運動会本番での一発勝負でそれが成功するのかしないのか、というところに達成感があるわけですが…
とはいえ、先ほどの記事にあるような10段はなかなかの難易度で危険度も高いでしょう。
5段にとありますが、ぶっちゃけ5段くらいだと簡単なんですよ。簡単すぎると、それこそ何のためにやってるの、って感じなんです。
いや、でもこう考えることのほうが古いのかもしれないですね。
きっとなくなる
5段くらいならともかく、中学高段の高段人間ピラミッドは間違いなくなくなるでしょう。
実際にやった側の人間としては、それはそれでけっこう楽しかったんですけどね。
もちろん、大きなケガを自分がしていたら違う気持ちだったかもしれないですけど。
達成の感動とか一体感を大人のエゴと言われてしまえばそれまでですし。
それに体格差でポジションを決めたりとか、根本的に人を部品のパーツのように扱ったりとか、時代錯誤といわれても仕方ありません。
時代はこれからそうなっていくでしょう。
さようなら、人間ピラミッド!
自分の思い出の中にそっとしまっておきます。