彩雨さん、生きて!!!


SNSのトップ画が自分だと自意識過剰感、ありますか?

情報源: パックンの疑問「日本人のSNSアイコンはなんで顔じゃないの?」(ホウドウキョク) – Yahoo!ニュース

なるほど、日本はたしかにほとんどの方が自分の顔を使ってらっしゃらないかもしれないですね。まぁ僕らのように仕事でも使う場合は新しいアー写になればそれに変えますが、プライベートではTwitterなどはやってないので、感覚が難しいところですね。ちなみにLINEはファンの方が描いてくれたイラストを長年ずっと使ってます。LINEはバンドマンの方でも自分のように「摩天楼オペラ 彩雨」って書く人もいれば、全然違うニックネームで登録されてる人もいるので、ちゃんとメモしとかないと誰が誰だかわからなくなりそうです。使い方はそれぞれですからね。

SNSで見えるその人の深層心理、SOSは拾えるのか

SNSのアイコンでその人の深層心理がわかるってのは、たしかに一理ありそうですね。

情報源: SNSのプロフィール写真からわかる深層心理

SNSというのはある意味その人の鏡のようなものかもしれません。書き込む内容もさることながら、プロフィールからもいろんなものを垣間見ることができます。先日ブログにあげたLINEのプロフォールを真っ黒にするという話もそうですね。

座間での事件をきっかけに、SNSについてまた議論が深まっています。先日のAbemaTVでもSNS規制の特集をやっていましたが、なかなか興味深い話をしていました。自分の場合はオフィシャルでアカウントを持ってる人をフォローしてることが多いので、さすがに「死にたい」発言をしてる人はいないですが、みなさんはどうでしょう。現代では「眠い死にたい」とか「疲れた死にたい」「整番悪い死にたい」と、もはや「おはよう」「おやすみ」と同じくらいの感覚で「死にたい」がでてくる世の中です。本当の意味で、SOSを出しているのをSNSで拾い上げることができるのでしょうか。

情報源: SNSから「SOS」がネットいじめ、トラブルなぜ起きる : 教育 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE1/4

ちなみに、まぁこれには人によると思いますが…ネガティブなときにネガティブなことをすると余計落ちる人と、逆にすっきりする人がいます。SNSの裏アカウントや日記にその日あった嫌なことを書きまくってすっきりする、という話を前に見たAbemaTVの番組でやっていたのですが、これって人によるというか、根明の人じゃない有効じゃないのかなと。

毎日のようにネガティブなことを思ってる人は、思考回路がネガティブになってます。ネガティブな人がいくらネガティブなことを書いたり口にしても、なんかますますネガティブな人になっていくだけのような気もするんですよね。

言霊、という概念があります。言葉は魔法ですよ。ネガティブな言葉にはネガティブな魔法がかかっているのです。なので、もしネガティブ思考を変えたいという気持ちがあるのでしたら、ポジティブな魔法をかけましょう。

ネガティブなことをまず「書かない」、それができたら「口にしない」、それができたら「思わない」

これがいいのかなと思います。

「そんなことできるわけない、彩雨死ねよ」

おや、ちょうど今、そう思った方がいるようですよ。悪い言霊が、スマホを通して伝わってきました。

でも大丈夫、そういう人はすべて逆に書けばいいのです。

「仕事疲れた、生きよう」

「整番悪い、生きよう」

これでいいのです。ではこの場合、「そんなことできるわけない、彩雨生きて」と書けばいいのです。

せっかくなのでみんなで叫びましょう。

彩雨さん、生きて!!!

リアルの知り合い、ネットの知り合い

また、座間の事件をきっかけに、リアルの知り合い、ネットの知り合いという話もでてきました。ネットで知り合った人は、危ない。安易な気持ちで会ってはいけない。ですが、こういう議論は20年前からされていたようにも思えます。

「むしろ、相手の素性を知らない方が本音で相談できる」

これは、なんか正しいような気もしますね。特に子供は自分の世界が狭く、周りの物だけで完結した世界ができあがっています。それであるがゆえに、自ら命を絶ってしまう。その世界を広げるという意味で、インターネットというのは活用できます。ただ、もちろん危ない人もいる。諸刃の剣ですね。

SNSの安易な規制は根本的な解決にはならないように思えます。インターネットは本来の意味で規制するのは難しく、Twitterなど大手のSNSが規制されるなら、アンダーグラウンドへ潜っていくだけのこと。そもそも、SNSはおろかインターネットができる前から自殺者はたくさんいましたしね。

インターネットに関しては自分もとても興味がある分野なので、この自殺とSOSとインターネットの関係についてはこれからも考えていきたいですし、もし自分でもなにかできる活動があるならぜひ参加してみたいなと思っています。