最近、「漂流ネットカフェ」「彼女を守る51の方法」というマンガを読みました。
漂流ネットカフェ
「漂流ネットカフェ」というのは2008年から2011年まで連載されていたマンガで、あの「漂流教室」と同じように異世界へワープしてしまう話です。ネットカフェごと異世界へワープし、その絶望と恐怖の中で人間関係がどう変化し構築されているかを描きます。周りには何もない、どうやって元の世界に戻るのかもわからない、究極の極限状態です。
異世界いっても、なにか凶暴な外敵がいるとか、不思議な必殺技が使えるとか、そういった話ではありません。テーマはあくまで人間模様となっています。
内容を一言でいうのであれば、エログロってやつです。悲惨な描写が多いです。この究極の極限状態の中で、人間をかなりネガティブな方面で表現します。
彼女を守る51の方法
こちらは2006年から2007年の間で連載された、震災パニックの話です。就職活動中の大学生とお台場にヴィジュアル系バンドのライブを見るためにきた女の子が被災し、そこから生き残る話です。同じように震災パニックを描く作品としましては「東京マグニチュード8.0」「日本沈没」などがありますね。震災という体験から、こちらもまた人間模様を描いています。
こちらは漂流ネットカフェと違い東京が舞台ですので、多くの人が登場します。しかし震災という悲惨な状況の中から、人間がどのように変化していくのかをとてもリアルに描いていました。
こちらの作品は人間のネガティブなところとポジティブなところを両方描いています。
余談ですが、この作品、コラムも面白かったのですが、その中で30年以内での東北(宮城県沖)での地震の可能性が99%とありました。数年後に実際に大きな地震が来たわけですが、今は南海トラフや東海地震も同じように可能性が上がってきています。いつどこで大きな地震があるかわかりませんね。
人間とはどういう生き物なのか
2つの作品はテーマこそ違えど、通常ではない異質の極限状態で人間はどうなるのか、人間関係はどうなるのかを考えさせられる話でした。
自分自身はそういった極限状態に陥ったことはなく、なかなか想像し難いところでもあります。
完全な無法地帯、無秩序状態、その中で人間はどうなるのか。そもそも世界というのは本来は無秩序であるはずです。それに秩序を与えているのは自然であり社会です。漂流ネットカフェは無秩序の中から、歪んだ形ではありますが秩序を生み出す流れが描かれていました。
その中で、人はいったいどういう生き物なのか、ということを考えるようになりました。ちょっと長くなってきたので…続きは次のブログで!