これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです
「もし自分の描く未来が正しければ、退職後のそのそなえは無意味になるだろう」
これは、イーロン・マスクが最近、ポッドキャストの中で語った言葉です。
彼が予測する未来では、AIが全ての人に豊富な資源をもたらし、人々は欲しいものを何でも手に入れ、優れた医療や教育を誰もが受けられるようになる。だから、老後のためにお金をコツコツ貯める必要はなくなる、というんです。
これって、とんでもない話ですよね。
「老後の資金は2,000万円必要だ」なんて言われているこのご時世に、「貯蓄は無意味だ」と。
にわかには信じがたい話ですが、僕は、このイーロン・マスクの考え方に、ある種のリアリティを感じています。
AI革命は、今までの「革命」とは何が違うのか
「そんなうまい話があるわけない」
「産業革命の時も、インターネット革命の時も、結局、僕らは働き続けているじゃないか」
そう反論する人がいるのも、よく分かります。新しいテクノロジーが登場しても、結局、人々の暮らしはそこまで変わらず、貧富の差は広がるだけだ、と。
でも、僕は、今回の「AI革命」は、今までの革命とは少しベクトルの違う、もっと根本的な変化をもたらす可能性があると思っています。それこそ、僕らが当たり前だと思っている「資本主義」という仕組みそのものを、変えてしまうくらいのポテンシャルを秘めている、と。
もちろん、これは5年後、10年後の話ではありません。
僕がいつも言っているように、21世紀が終わりを迎える頃、つまり、僕らが生きているか死んでいるか、くらいの時間軸の話です。
その頃には、イーロン・マスクが言うように、ユニバーサルな高所得、つまり「ベーシックインカム」が実現しているかもしれない。国(あるいは、それに代わる何か)から、生活に必要なお金が、無条件で支給されるようになる。
そうなると、僕らが今、必死で払い続けている年金って、一体何だったんだろう?って話になりますよね。ある意味、一番損をするのは、僕らの世代なのかもしれません。
「何のために生きるのか」を問われる時代へ
でも、もし本当に、そんな「働かなくていい社会」がやってきたら。
僕らは、一体何のために生きるんでしょうか。
仕事がなくなった時、僕ら人間は、いよいよ「人間じゃなきゃできないこと」と、本気で向き合うことになる。
それは、アートや音楽のような創造的な活動かもしれないし、人との繋がりや、コミュニティの中での役割かもしれない。
僕ら人類は、原始時代からずっと「働くこと」で生きてきました。その「働く」という行為がなくなった時、僕らの価値観は、根底から覆されることになるでしょう。
その変化は、もしかしたら、とても大きな苦しみを伴うかもしれない。
でも、僕は、その先に待っている未来を、少しだけ見てみたい。そんな風に思っています。
数年前も「月7万円のベーシックインカム」で大きな話題になりましたよね。
こういう議論が、少しずつ、でも確実に、僕らの社会に現れ始めている。
イーロン・マスクの言葉は、そんな未来への、一つの道しるべなのかもしれません。
僕も、この壮大なテーマについて、これからも考え続けていきたいなと思っています。