これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです
こんにちは。今日は、先日少しお話ししたサッカーの話題の続きになりますが、ただのサッカーの話としてだけでなく、メディアのあり方や社会の空気感についても絡めてお話ししたいと思います。
韓国サッカー協会への警察の捜査は「デマ」ではなかった
先日のPodcastで、韓国のサッカー代表に関するお話をした際、「韓国のサッカー協会に対して(警察の)捜査が入っている、あるいは疑惑を調べているという噂があるけれど、さすがにそれはデマ(ガセネタ)だろう」というようなことを言いました。
私はその時、SNSで見かけた情報をベースに話していたので「いくらなんでもそんなことあるわけない」と高を括っていたのですが……どうやら本当に調べているっぽいのです。
「監督の選任プロセスが不透明だ」「会長の不当な介入があった」として、市民団体が業務妨害や背任の容疑で告発し、警察がそれを調べているとのこと。
「え、本当に!?」という感じです。
以前もお話ししましたが、FIFA(国際サッカー連盟)は、国や第三者がサッカー協会の運営に不当に介入することを極めて厳しく禁じています。警察が介入して協会に圧力をかけるようなことになれば、最悪の場合、FIFAから国際試合の出場停止という重い制裁を受けかねません。
いくらワールドカップ(またはアジアカップ等の重要な大会)で結果が出なかったからといって、日本で「監督の選び方が不透明だ!」と市民団体が告発し、日本の警察が日本サッカー協会を捜査するなんてことは、どう考えても起こり得ないですよね。
このあたりは、やはり日本と韓国の国民性や社会の仕組みの違いが大きく出ているなと感じます。先日の私の予想が外れてしまい、申し訳ありませんでした。
森保監督の「褒める報道をしてあげて」という言葉
もう一つ、この話題に関連してお話ししたいことがあります。
日本代表が帰国して行われた記者会見でのことです。
森保監督に対して、この韓国の状況(あるいはホン・ミョンボ監督に対する批判)についての質問が飛びました。森保監督は「内情を詳しく知らないので軽々しくは言えない」と前置きしつつも、かつてJリーグで共に戦ったホン・ミョンボ監督を庇うような、温かい発言をされました。
日本のJリーグファンの多くは、ホン・ミョンボ監督が選手時代に日本で大活躍したレジェンドであることを知っています。「あまり彼を悪く言わないでやってくれ」「韓国で辛いなら日本に戻ってきてほしい」と思っている日本のファンは多いと思います。
その会見の中で、森保監督が発した言葉で非常に印象的だったのが、「(メディアは)褒める報道をしてあげてほしい」という趣旨の発言です。
「ああ、確かにその通りだな」と深く頷きました。
私は韓国の報道を直接見ているわけではありませんが、おそらく現在の韓国メディアは代表チームや監督に対して非常に厳しいバッシング記事を書いているのでしょう。
メディアが過激に煽るから国民が怒るのか、国民が怒っているからメディアがそれに合わせて過激な記事を書くのか(鶏と卵の話ですが)、いずれにせよ、「厳しい報道をすることこそがメディアの役割だ」という風潮が強いのだと思います。政治や社会の不正を監視し、追求することは確かにメディアの重要な役割ですが、スポーツの勝敗に対してそこまで徹底的に叩く必要があるのでしょうか。
「褒める文化」が社会にもたらすもの
日本のスポーツニュースでも、昔はセルジオ越後さんのように「ここで褒めたら日本のサッカーの未来はない」とばかりに、あえて厳しい苦言を呈するスタイルが主流の時代(昭和〜平成)がありました。
しかし、今は時代が違います。
悪いところを反省するのは当然として、状況が悪い時(負けてしまった時)だからこそ、良かった部分をしっかりと見つけて「褒める」ことが、選手を育て、社会全体をポジティブなムードにしていく上でとても大切だと思うのです。
「そんなの甘い考えだ」と言われるかもしれませんが、重箱の隅をつつくようにミスを批判し合い、叩き合う社会よりも、「ここはダメだったけれど、ここは素晴らしかったね」と褒め合える文化がある社会の方が、絶対に健全ですよね。
韓国の社会を批判したいわけではありません。ただ、もし今の韓国でメディアが代表チームを「褒める報道」をしたら、逆にそのメディアが国民からバッシングされてしまうような空気感があるのだとすれば、それは少し悲しいことだなと思います。
一人のサッカーファンとして、Jリーグのレジェンドであるホン・ミョンボ氏があまり酷く叩かれないことを願いつつ、今日は「褒めることの大切さ」についてお話しさせていただきました。