AIに置き換えられる翻訳と、残る翻訳の違い


これはスタエフの文字起こしをブログ化したものです

先日、映画字幕の第一人者である戸田奈津子さんのインタビュー記事を読みました。

記事の中で彼女は「AIに字幕制作はできない」と語っており、非常に興味深い内容でした。今回はこの話題から、AI時代における人間の仕事の価値について僕の考えをお話しします。

字幕翻訳という「創作」とAIの限界:

戸田奈津子さんの字幕は、単なる言葉の置き換えである直訳ではなく、非常に独特な作風を持っています。

直訳を好む人たちからは「登場人物はそんなことを言っていない」と批判されることもあります。英語が完璧に聞き取れる人にとっては、耳から入る実際のセリフと、目から入る字幕のニュアンスが違うため、頭が混乱するという意見もよく聞きます。

しかし、彼女の仕事はもはや単なる翻訳の枠を超えており、映画の世界観を日本語で引き出す「創作」に近いレベルなのです。

限られた文字数や表示時間の中で、映像の雰囲気や感情を伝える字幕という独自の文化は、彼女のような存在が築き上げたものだと言えます。

AIは「言われた通りに正確に訳す」ことは得意ですが、作品の意図を汲み取って独自の表現を当てはめるような、誰がやっても同じ答えにならない「作品作り」の領域を完璧にこなすのは、まだ難しいでしょう。

AI時代に生き残る「人間のエッセンス」:

一方で、直訳で済むようなもの、例えば取扱説明書の翻訳、ニュースサイトのテキスト翻訳、あるいはリアルタイムの自動通訳などは、今後さらにAIへと完全に置き換わっていくはずです。

最新のデバイスを使えば、外国人同士でも瞬時に翻訳されて自然に会話ができる時代がすでに到来しています。ガチの通訳者の仕事も、単なる言語変換ではなく、その場を円滑に進めるアテンドなどの役割へと変化していくでしょう。

つまり、誰がやっても同じ結果になる「エッセンスが少ない仕事」は、AIにとって代わられやすいということです。

逆に言えば、戸田奈津子さんの字幕のように「その人ならではのエッセンス」が加えられている仕事は、AIには簡単に奪われません。

僕たちが今やるべきことは、自分自身の仕事に独自のエッセンスを加えるスキルを磨くことです。それは言い換えれば、「人間であることの意味をもっと発揮しよう」ということに尽きます。

僕自身、何年も前からこのことを言い続けてきましたが、すべての業界においてまさにその通りの時代になってきたと実感しています。