花火大会の生配信を考える


これはニュース読み配信の文字起こしをブログ化したものです

最近、フジロックのような大規模な音楽フェスや、各地の花火大会で「生配信」が積極的に行われるようになりました。僕も先日、移動中にAmazonプライムでフジロックの生配信を少し見ていましたが、普段は聴かないようなアーティストに触れることができ、とても勉強になりました。こうした配信は、会場に行けない人々の多様なニーズに応える新しい潮流として注目されています。

混雑回避、熱中症対策…配信が解決する現代の課題

特に花火大会の生配信は、多くのメリットがあるようです。記事によると、隅田川の花火大会には93万人もの観客が詰めかけたとのこと。これほどの混雑は、交通機関の麻痺や事故、熱中症のリスクなど、様々な問題を引き起こします。その点、YouTubeなどでの生配信であれば、熾烈な場所取り競争もなく、冷房の効いた快適な部屋で、好きなものを飲み食いしながらリラックスして楽しむことができます。

こうした配信のニーズがあることは、非常によく分かります。地方や海外に住んでいるファン、小さなお子さんがいる家庭、様々な事情で現地に行くことが難しい人々にとって、配信は唯一の選択肢かもしれません。その価値を否定するつもりは全くありません。

僕がそれでも「現地」に足を運ぶ理由

しかし、僕個人の話をさせてもらうと、特に「花火」に関しては、どうしても生配信では満足できないのです。実を言うと、僕は花火大会が大好きで、タイミングが合えば一人でも足を運ぶほど。浴衣デートや友人との宴会といった要素はどうでもよくて、純粋に「花火そのもの」を体験したい。むしろ、場所取りや荷物の心配をしなくていい分、一人の方が集中できて良いくらいです。

僕が花火に求めるのは、まず「音」です。遠くから眺めるのではなく、1メートルでも近くで、あの爆音が空気を震わせ、自分の体を揺さぶる感覚。そして、周りにいる大勢の人々が一斉に「おおーっ」とどよめく、あの一体感。これらすべてが一体となった、一つの総合エンターテイメントとして花火が好きなんです。

以前、アーカイブで花火大会の映像を流してみたことがありますが、正直なところ、ずっと見続けるのは退屈でした。映像の美しさは分かりますが、僕が求める「体験」はそこにはありませんでした。だから、「今日は花火大会の生配信があるから、早く家に帰らなきゃ」とは、残念ながらならないのです。

「生」「配信」「VR」それぞれの役割と未来

この感覚は、音楽ライブにも通じるものがあります。もちろん、ライブ配信があることによって、様々な事情を抱えた人が楽しめるようになるのは素晴らしいことですし、僕自身も配信ライブを見ることがあります。だから、配信そのものを否定はしません。

ただ、「生の代わりになるか?」と問われれば、答えは明確に「No」です。

僕が思うに、「生(現地)」「配信」「VR」は、それぞれが全く別の体験を提供するものであり、優劣をつけるものではないのでしょう。生には生でしか得られない臨場感と熱狂が、配信には配信ならではの手軽さと快適さがある。そしてVRは、また違った没入感を提供してくれるはずです。それぞれの役割があり、それぞれの楽しみ方がある。それだけのことなのだと思います。

だから、僕にとっての最強の楽しみ方は、「現地で生の体験を味わい尽くし、家に帰ってから配信で感動を反芻する」というスタイルです。もちろん、これはあくまで僕個人の楽しみ方。映画館で見るのが好きな人もいれば、サブスクで配信されるのを待つ人もいるように、楽しみ方は人それぞれで良いはずです。

花火大会の生配信も、どんどんやるべきだと思います。それが誰かの楽しみになるのであれば、素晴らしい試みです。ただ、僕自身はこれからも、あの体の芯まで響く爆音と、夜空に咲く大輪の花を求めて、現地へと足を運び続けることでしょう。