社会的に成功するために最も必要な要素は学歴より血筋、という大学生意識調査がありました。
というのは虚構新聞です。(要するにフィクションです)
ですが、これもまたとてもリアリティのある記事ですね。
「血筋」の重要さ
日本は、少なくとも現代ですと「血筋」というのはそれほど表向きでは重要視されないようにも思えるかもしれません。
血筋というのは、二つの見方があります。
一つは血縁関係という意味での「血筋」です。
中には有名政治家、皇族などと血筋がつながっている人もいますが、そういう人って家系図みると凄い人たちばっかりってことありますよね。政略結婚とかもう古い言葉かもしれませんが、家と家との繋がりというのが重要視されていたのは武士の時代だけではないということです。
やはり親戚関係であることで、有利に事が運ぶこともあるでしょう。「華麗なる一族」みたいなのは決してフィクションではないのかもしれません。
もう一つはいわゆるサラブレッドとして、能力としての「血筋」です。
競走馬では特に重視されるところですね。
人間も競走馬と同じように、こういった能力としての「血筋」は関係あるのでしょうか。たしかに、スポーツ選手の子供もスポーツ選手だったりします。
これも難しいところで、能力というのは環境に左右されるところも多いですからね。親が音楽家だったりスポーツ選手だったりすると、子どももそういったところで育つので、血筋としての能力なのか、環境としての差なのか、というところもあります。
学歴に関しても、親が高学歴だと子供も高学歴になりやすいという話もあります。これもまた、同じように環境の影響もあるかなとも思います。
ナチスドイツはこういった血縁関係での能力の差というのを熱心に研究していましたね。テラフォーマーズみたいな漫画だとこういう話も出てきますが、人道的な観点も含めて人間の世界では明確な血縁関係での能力の差については深く言及されてないものが多いような気もします。
漫画では重要な血縁関係
若者が心理の反映というのは、まさにその時代の漫画の主人公に投影されます。主人公がひたすらに努力して成長するのであれば、「努力すれば這い上がれる」という深層心理の投影です。そう考えると、ここ20年くらいの有名作品は主人公の血縁関係が実はすごかった、というものが多いですよね。
この実は、というところもまたポイントで、努力もするし、親しみのあるキャラクターでありながら、実はすごい血筋だった、という設定からも、なんだかんだで「血筋」の重要性というのをどこかしらで社会が感じている証拠なのかもしれません。