ネットジョークは難しい?ウィキペディアとアンサイクロペディアの違い


インターネットには多くの情報が詰まっており、調べもので自分もよくネット検索をします。

自分自身も多くの情報をインターネットから得ています。同じように学生たちもそうで、レポートを書かせるとみんなネットで検索していろいろ調べています。

なんかみんな同じようなこと書いているなぁ、と調べてみるとコピペだったこともしばしば。ここ数年はそういったことがないよう、ネットで検索してこたえられるようなタイプの課題にはしてませんけどね。

ウィキペディアとアンサイクロペディア

授業の課題で、Wikipediaの情報は情報源とはみなさない、とする先生もいると思います。

なぜならWikipediaの情報はいつでもだれでも情報を変更することができるからです。

それであるがゆえに信憑性も薄れますが、いつでもだれでも変更できるからこそ常に正しい最新情報が記載されている、という考え方もできます。

自分自身はWikipediaの情報を情報源にするな、とまでは授業内では言っていません。

先日、産経新聞の論評に「ポリティカル・コレクトネス」の意味についてアンサイクロペディアを出典としたものが登場し、大きな話題となりました。

アンサイクロペディアというのはWikipediaのジョークサイトで、内容ももちろんジョークです。

Wikipediaとデザインは似ていますが、Wikipediaをちょっと皮肉ったといいますか、風刺しているというか、そんなサイトです。そんなアンサイクロペディアは、実はもともとはWikipediaの「削除された悪ふざけとナンセンス」という項目から登場し、独立したという話もあります。

まさか産経新聞の記事でアンサイクロペディアが登場するとは思いませんでしたが、たしかになにかを検索するとアンサイクロペディアの記事が上位にくることもあり、勘違いしてしまう人もいてもおかしくないかもしれません。実際に、今回のように何度か正しい情報として拡散し誤解を生んだようなことは何度かありました。

ジョークは難しい

自分はエイプリルフールが嫌いですが、その理由としてみんなの考えるジョークがつまらないからです。

日本で有名なジョークサイトとして虚構新聞というのがあります。

あれは好きです。

ただ、アンサイクロペディアの記事はあまり好きではありません。同じジョークなんですが、悪意があるからです。悪意というか、ユーモアについての考え方だと思うんですよね。ふざけていればOKということではないということです。

アンサイクロペディアのサイトコンセプト自体はユーモアを尊重してていいなと思うんですけど、書いている人のレベルがそれに追いついてない感じですね。誰もが書けるからこその質の低下は否めません。

虚構新聞は一人で書いているので、その点クオリティは維持できています。しかしそんな虚構新聞についても、何度か内容の記事が問題になったことがあります。

インターネットのような情報があふれた世界で、ユーモアにあふれたジョークを提示するのってけっこう難しいのかもしれません。